泰日協会学校は、1926年(大正15年)創立の盤谷日本尋常小学校(1927年(昭和2年)からは盤谷日本国民学校に改称)を前身とする、日本人学校の中で最も長い歴史を誇る学校です。
1946年(昭和21年)、第2次世界大戦の終戦に伴い盤谷日本国民学校は閉鎖されましたが、バンコクに在住されている日本人の方々の日本語による教育を望む熱意により、1956年(昭和31年)1月22日にバンコク都内サラデーンの日本大使館の中に『在タイ日本国大使館附属日本語講習会』という名称で新しく開校されました。創立時、幼稚園児も含めてわずかに28名、教職員は4名、岡崎熊雄領事が初代校長に就任しました。泰日協会学校では、この1月22日を創立記念日として定めています。
その後、1962年(昭和37年)3月8日、名称を在タイ日本国大使館附属日本人小学校と改称、1963年(昭和38年)には中学部の併設に伴い在タイ日本国大使館附属日本人学校に、さらに1972年(昭和47年)2月25日にバンコク日本人学校と改称しました。この年(1972年)、日本やタイ国の経済発展に伴い、日系企業の進出に合わせて児童生徒の増加が続き、在籍数が500名を超えたこと、また、当時の反日運動とも重なって日本人学校の治外法権的な存在が問題になったことなどから、正規の学校設立が急務となりました。
在タイ日本国大使館はタイ国日本人会を設置者として許可を得ようとしましたが、外国人法人は学校を設置することができなかったため、戦後復活していた日タイの友好・親善・協力団体である「泰日協会」(1935年設立)が母体となり学校設置を申請しました。
こうした努力が実を結び、1974年(昭和49年)7月24日にタイ国私立学校法第20条1項の適用により、タイ国政府から正式に義務教育学校として認可を得ることができました。それ故名称も『泰日協会学校』となったのです。しかも、「日本語による日本国内に準ずる教育を…」という在留邦人の願いがタイ国行政機関に聞き入れられ、「母国語による教育を認める」という数少ない「特定学校」として認定されました。
児童生徒増に伴い校地を移転するなど幾多の課題を乗り越えながら、1982年(昭和57年)にはラマ9世通りの現在地に校舎を新設し現在に至っています。
学校の運営管理は泰日協会学校理事会が責任と権限を持って行います。入学金、授業料などの校納金や年間予算の決定、本校授用教職員の決定、学校施設設備の拡充等について毎月定期的に理事長が理事会を招集して審議を行います。
そしてついに、2009年4月、タイ国内2番目の日本人学校として、チョンブリ県シラチャ市に泰日協会学校シラチャ校(シラチャ日本人学校が開校します。チョンブリラヨーン日本人会の方々や、地域に暮らす子どもたちの夢が、今実現しようとしています。新しい校舎と最新の設備の中で、子どもたちの将来を見据えた教育の実践をおこなっていきます。バンコク校とともに、世界に誇れる学校になることを目指して、理事会・教職員一同務めて参ります。泰日協会並びに泰日協会学校理事会は、泰日協会学校(バンコク日本人学校)と泰日協会学校シラチャ校(シラチャ日本人学校)を一体運営いたします。
タイ国行政機関との連絡・調整・諸手続等にはタイ人のディレクターがあたっています。校内の総括責任者は日本の文部科学省派遣校長であり、日々の教育活動や教育内容の管理あるいは教職員の服務監督等を行っています。また学校理事会事務局と学校事務を兼務して事務局長(事務長)が上記に関わる実務や予算管理にあたっています。
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